破産手続と労働債権の取扱い

  1.  私(X)が長年従業員として勤務していたY社について、2017年10月から給与の支払いが遅滞するようになり、不安に思っていたところ、2018年2月末日に、代表者から、破産手続を申し立てることになったので、本日をもって事業を停止し、全従業員を即日解雇するとの通知がなされました。その後、Y社は2018年4月1日に破産手続開始決定を受け、破産管財人が選任されています。
      現時点で、私の未払給与は、2017年12月分から2018年2月分(給料の締日は毎月末日なので、2017年12月1日から2018年2月末日までの分)までの3か月分となっていますが、破産手続上、未払給与については、どのように扱われるのでしょうか?
  2.  また、破産手続上、退職金制度があった場合の未払退職金や解雇予告手当については、どのように扱われるのでしょうか?

 

  1.  未払給与について
    1.  破産法上、従業員の賃金債権については、破産手続開始前三ヶ月の賃金請求権が財団債権となり(破産法149条1項)、それ以前の賃金請求権は優先的破産債権となります(破産法98条1項、民法306条2号)。 
    2.  財団債権とは、破産配当に先立って破産財団から優先的に随時弁済を受けることができる債権のことであり、優先的破産債権とは、他の一般の破産債権に優先して破産配当を受けることができる債権のことです。
         破産手続開始前三ヶ月間の賃金請求権が財団債権となるのは、破産手続開始直前の労務の提供が、破産財団の形成・維持に寄与していることを重視したためです。
    3.  注意しなければならないのは、賃金請求権のうち、財団債権となるのは破産手続開始前三ヶ月間に発生していた分であり、破産手続開始前の三ヶ月「分」が財団債権となるわけではないという点です。
         したがって、本件でも、破産手続開始日が2018年4月1日なので、財団債権となるのは、2018年1月1日から同年2月末日までの2018年1月分及び2月分の賃金債権のみであり、2017年12月分の賃金債権は、破産手続開始前三ヶ月より以前の2017年12月1日から同月末日までの労働の対価として発生したものなので、優先的破産債権としての保護しか与えられません。
    4.  ただし、Xは、独立行政法人労働者健康安全機構が行う未払賃金立替払制度によって、賃金債権の立替払いを受けられることがあります。この未払賃金立替払制度は、賃金の支払の確保等に関する法律に基づき、未払賃金の一部(原則として8割)を、政府が事業主(Y社)に代わって立替払いをするものです。
      1.  立替払いを受けるには、以下の要件を満たす必要があります。
        a. 労災保険の適用事業で1年以上事業活動を行っていた事業主に雇用され、企業倒産に伴い賃金が支払われないまま退職した労働者であること
        b.   裁判所への破産手続開始等の申立日又は労働基準監督署長に対する事実上の倒産の認定申請日の6か月前の日から2年の間に当該企業を退職していること
        c. 未払賃金額等について、破産管財人等の証明又は労働基準監督署長の確認を受けていること
      2.  立替払の請求ができる期間は、破産の場合には、裁判所の破産手続開始決定日の翌日から起算して2年以内に限定されており、同期間内に、未払賃金の立替払請求書を機構に提出する必要があります。
      3.  立替払の対象となる未払賃金は、退職日の6か月前の日から機構に対する立替払請求の日の前日までの間に支払期日が到来している定期賃金及び退職手当となります(ただし、未払賃金総額が2万円未満のときは対象外です。)。
    5.  賃金債権について、財団債権・優先的破産債権としての保護が与えられても、破産財団が十分に形成されず、他の公租公課等を含めた財団債権全額を支払うことができない場合には、賃金債権全額の弁済を受けることはできませんし、破産財団の換価状況等により、弁済を受けることができる時期がかなり先になってしまうこともあるため、比較的早期に一定の賃金の立替払いを受けることが可能となる点で、立替払制度を利用するメリットがあります。
  2.  退職金について
    1.  破産法上、従業員の退職金請求権については、退職前三ヶ月間の給料の総額に相当する部分は財団債権となり(破産法149条2項)、その余の退職金請求権は優先的破産債権となります(破産法98条1項、民法306条2号)。
    2.  ただし、退職前三ヶ月間の給料の総額が、破産手続開始前三ヶ月間の給料の総額より少ない場合は、破産手続開始前三ヶ月間の給料総額に相当する部分が財団債権となります(破産法149条2項の括弧書き参照)。これは、破産手続開始後に、給料の減額がされて雇用継続がされた場合には、給料の減額がなされた後の三ヶ月分で財団債権を計算するのではなく、給料の減額がなされる前(すなわち、破産手続開始前)の三ヶ月分で財団債権の金額を計算することで、従業員を保護する趣旨です。
    3.  また、上記のとおり、労働者健康安全機構の未払賃金の立替払い制度は、退職金請求権(退職手当)も対象となります。ただし、立替払い制度は、労働者の年齢に応じた立替払いの上限額が定まっており、たとえば、退職日の年齢が30歳以上45歳未満の労働者の限度額は220万円であるため、未払賃金(退職金だけでなく、未払給与を含めた金額)の合計額が220万円を超えても、立替払いを受けられる金額は、220万円の8割に相当する176万円に限定されます。
  3.  解雇予告手当について
    1.  労働基準法により、使用者が労働者を解雇するには、30日前に予告をしなければならず、30日前の予告をしない場合には、使用者は30日分以上の平均賃金を解雇予告手当として支払わなければなりません(労働基準法20条)。
    2.  したがって、本件でも、Y社はXを即日解雇しているので、XはY社に対して解雇予告手当を支払うよう請求することができます。
    3.  この解雇予告手当の破産法上の扱いについては、解雇が破産手続開始前に行われた場合には、優先的破産債権にしかなりません。例外的に、破産手続開始後に、破産管財人が解雇をした場合には、財団債権となります(破産法148条1項4号)。
    4.  ただし、東京地裁では、解雇予告手当について実質的な給料該当性を認め、破産手続開始前3ヶ月間に解雇が行われた場合の解雇予告手当については、破産管財人から財団債権として支払う旨の許可申し立てがあれば、財団債権として支払うことを許可するとの運用をしています。
    5.  なお、立替払制度の対象となるのは、未払賃金と退職手当の請求権のみであるため、解雇予告手当については、立替払いを受けることはできません。